「ふん・・・やはりこの程度か」

士郎に肉薄するキャスターを見やりながら彼・・・アーチャーは呟く。

最初は士郎の持つ、驚異的(この時代では考えられない)な戦闘技術、投影能力に舌打ちをしていたが、逸早く実力のアンバランスを見抜いていた。

凛も桜も・・・いや、セイバーすらもまだ気付いていない。

一極に極めて高い能力を誇っているがそれ以外は半人前のはの字にも届かない。

しかし、その一極が高すぎる為他の部分の未熟さがかき消されてしまっていた。

「今なら奴を殺せる・・・」

彼を守ろうとする蒼の騎士もいない。

庇おうとする主もいない。

絶好の機会だった。

しかし、踏み出しかけた足をなぜか止めた。

様子が変だった。

キャスターも訝しげに掲げたままで士郎を眺める。

そして・・・彼らは底知れぬ士郎の能力を知る事となった。

聖杯の書八『封印』

キャスターの腕が掲げられる。

キャスターの狙いはまず俺の令呪。

強制的に引き抜かれればそのショックで廃人、運が良くても片腕がいかれる。

必死に動かそうと試みるがぴくりとも動かない。

なにせ俺を縛っているのは魔力ではなく魔術そのもの。

完成された強度はまさしく鉄壁。

生半可な力で引き抜ける代物ではない。

「ふふふ無駄よ坊や。もう逃げられないわ。大人しく観念なさい」

俺から令呪を引き抜こうと紫色の光が灯る。

「・・・ふう・・・仕方ないか・・・」

「ようやく観念したのね」

「観念??まさか。生憎俺にはまだやる事が残っているんでね・・・やれやれ・・・これだけは使いたくなかったんだが」

俺はそう言うと、内面にイメージを飛ばす。

イメージするのは二十七の拳銃。

しかし、その内二十五はホルスターに納まっている。

「・・・開放魔術回路封印(マジック・サーキットナンバーT、ナンバーUホルスターロック)」

剥き出しの拳銃二丁がホルスターに納められる。

この後に訪れる衝撃の被害を最小限に抑え込む為にまず常時解放している魔術回路を封印する。

「???」

キャスターの腕が止まる。

当然だ。突然俺から魔力が消えたのだから。

だが、それで出来た隙は活かす。

無論魔力を零にしたとてキャスターの戒めから解放される訳が無い。

最も長く封印を施した魔術回路を二つ解き放つ・・・ホルスターから勢い良く抜き出された拳銃をイメージしつつ。

「封印魔術回路開放(マジック・サーキットナンバー]]Z、ナンバー]]Yホルスターオープン)」

この瞬間身体に重圧がかかる。

蓋を開けられた魔術回路からは奔流と化した魔力が怒涛の勢いで全身を駆け巡りキャスターの戒めとぶつかる。

普通ならば砕ける筈が無い。

しかし、俺の解放した魔術回路より噴き出した魔力は例えるならば鉄砲水。

暫しぶつかり合い、やがて戒めを粉砕する。

その瞬間自由を得た俺は直ぐに間合いを開けて

「投影開始(ト−レス・オン)」

黄金の鉄槌を手にする。

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

「!!!クッ!!」

キャスターも迎撃を試みるがその直前に

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

爆発を巻き起こす。

「ふう・・・ふう・・・」

煙幕に紛れる様に更に間合いを広げていく。

何しろまともに戦える状態ではない。

「・・・ぜえ・・・ぜえ・・・やはり二つ同時はきつい・・・」

身体も重く、眩暈がするし、呼吸もままならない。

特に頭痛が酷い。

一刻も早くこの場を離脱しなければならない。

だが、そうは簡単に逃がしてくれそうも無かった。

「お待ちなさい坊や」

先ほどまでの余裕のある表情は消え失せ、魔術師の顔と化したキャスターが俺の目の前にいた。

「・・・一体何者なの?坊や」

「何者って・・・キャスターあんたの言った通り、未熟で能力がアンバランスな魔術使いだよ」

「ふざけないで。未熟な魔術使いがどうやれば私の戒めから脱出できると言うの?それにあの魔力の奔流は何?」

ネタをばらしたくは無いが、体の調子を回復させるには時間を稼がないといけない。

「簡単さ。俺には魔術回路が二十七あるがその内二十五を封印して、魔力を詰め込めるだけ詰め込んでいる。それを解放させて戒めを破壊しただけさ。どんな強固なダムでもその貯水量を超える水であれば溢れ出し、最終的には決壊する。それと同じ事さ」

「・・・簡単に言うけど放出した魔力量、大魔術師クラスを軽く超えていたわよ・・・それだけの量の魔力を一気に放出なんて私がいた時代の魔術師でも出来るものじゃないわ・・・本当に人間なの??坊やは・・・」

かなり心外な事を言われている。

しかし、内心では同感だとも思う。

以前・・・五ヶ月前、師匠達が見立てた所封印した魔力まで全て合計すれば俺の総魔力量は魔法使いレベルまで到達すると言っていたし。

だけど、魔力を『持っている』に過ぎない。

そう、ここが俺にとって最大の弱点、魔力があっても使えなければ意味が無いし、そして魔術回路を閉じていなければ保有すら出来ないのではもっと意味が無い。

それだけ膨大・・・いや莫大な量の魔力を効率よく使えるほど魔術に優れている訳でもないし、魔術回路を封印する形でしか保有する事も出来ない・・・いわば宝の持ち腐れと言う訳だ。

現時点での使用法としては常時解放している魔術回路の魔力が尽きた時に補助タンクとして使う後は・・・『壊れた幻想』の威力を最大値まで高める事しか出来ない。

どう見てもキャスターがそれ程脅威と見る事も無い。

だがそこまで話してやる義理も無いので素っ気無く答える。

「そう思われても仕方無いが・・・一応生まれてから今日まで人間として生きてきたぞ」

「まあ良いわ・・・どちらにしろ坊やを利用しようと思った私が愚かだったわね。野良犬と思っていたから躾ければ飼い慣らせると思ったけど坊やは決して飼い慣らせない狼だった訳ね」

そう言うと、キャスターは再度腕を掲げる。

その瞬間俺が見た中でも最大級の魔力弾が形成されていく。

その数五つ。

ちっ・・・あれはかわせないな・・・

「坊や・・・さっさと死になさい」

そう言い、打ち出される寸前俺は逃げるのではなく逆に接近を試みる。

「!!!なっ」

思わぬ行動に虚を突かれたのだろう、思わず棒立ちとなる。

だが、俺にしてみればこれは至極当然。

キャスターの実力ならばどれだけ距離を置いても安心できない。

ましてや迎撃すると言っても俺の体力も未だ回復していない。

それでキャスターの攻撃を迎撃するなど自殺行為。

ならば逆にキャスターに肉薄し短時間の白兵戦で決着をつける。

魔力弾の間を掻い潜り懐に潜り込んだ俺は直ぐに投影した『虎徹』をキャスターの首元に突きつける。

ここまで密接すればキャスターも攻撃できない。

「くっ・・・」

「俺はたとえサーヴァントでも相手を傷付ける気も殺す気も無い。聖杯戦争から放棄してくれないか?」

「ふざけないで坊やそんなことが・・・!!!」

刃先がキャスターの首元に当たる。

「いくらサーヴァントでも首を刎ねられて、更には胴体を吹き飛ばされれば無事では済むまい。俺は戦う事を放棄した者に襲い掛かる気は無いが、戦闘を仕掛ける者に情けをかける気も無い。どうする?イエスか?ノーか?」

「くっ・・・」

俺の言葉に怯みながらもキャスターの手は懐に向かおうとしたが・・・手に持っている物を叩き落とした。

実用には使えそうに無いほど歪に曲がったナイフを注意深く手に取り解析する。

「・・・っ人体への殺傷能力は普通のナイフと変わらないが魔術的な力を全てゼロにするだと?」

驚いた・・・こんな切り札を持っていたなんて、これに刺されたら令呪すら無効化されてしまう。

表情を顰めながらそのナイフをキャスターの遥か後方に投げ捨てる。

「呆れ果てた坊やね。手に取るだけで能力を言い当てるなんて」

「解析だけは上手いものだから。さて・・・答えを聞いていないな・・・どうす・・・!!!」

言葉の途中で殺気を感じた俺は躊躇い無くキャスターから距離を離す。

その僅か数瞬後・・・俺がキャスターから離れて直ぐに側頭部が存在していた場所に拳が突き抜ける。

「何だ?」

「ふむ、かわしたか衛宮」

俺に聞き覚えのある声がする。

何時の間にかキャスターの前に立ちはだかる様にいるのは・・・

「葛木先生・・・」

そう、俺の通う高校の世界史教師である葛木宗一郎、その人だった。

「な、なぜ・・・貴方が・・・」

「何故か?私がキャスターのマスターとやらであるだけだが」

淡々と事実だけ述べる。

そんな事は判っている。

しかし、辻褄が合わない。

彼は紛れも無く魔術師ではない一般人。

その人が何故?

「宗一郎様・・・」

「キャスターお前は下がれ」

「ですが・・・あの坊やは・・・」

「メディア、お前では衛宮には勝てん」

淡々とそれだけ告げると眼鏡を取り、静かに構える。

「徒手空拳ですか?」

「私には生憎これしか取り柄が無いからな。・・・行くぞ」

その瞬間葛木先生の拳が消えた。

「!!」

下方向から咽喉元を貫こうと拳が迫るが、辛うじて弾く。

しかし何だこれは?

キャスターの手で身体能力を上昇させているのだろうから拳の破壊力は予想がついていたが、その軌道は想定の外だった。

まるで蛇のように構えの隙間を掻い潜って俺のこめかみや眉間、咽喉笛に襲い掛かってくる。

曲線の軌道が直線に、直線軌道が曲線に移行するなど当然、更には九十度直角に急降下すらしてくる。

それをぎりぎりで『虎徹』で弾き落とす。

だが、数回打ち合いの末に『虎徹』がへし折られた。

「ちっ!!」

咄嗟に柄の部分を葛木先生に投げ付ける。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

立て続けの詠唱で眼晦まし程度の爆発が起こる。

だがこれで充分。

この瞬間に間合いを広げると同時に

「投影開始(トーレス・オン)」

今度は一本の変哲の無い槍を手にする。

葛木先生の毒蛇を思わせる拳の一撃を槍で弾き落とす。

その後も俺は次々と拳を弾き返す。

この武器自体は無銘だが、担い手がやはり有名だった。

三国時代において、蜀漢を長年支え続けた勇将趙雲。

彼の使用していた物を俺が使用している。

そのまま、俺は後退を続け、山門までようやく辿り着いた。

「やるな衛宮。一つも当たらぬか。手を抜いた覚えは無いのだが」

「先生、貴方もかなりの使い手のようですが何者ですか?」

「私はただの朽ち果てた殺人鬼に過ぎん」

「その朽ち果てた方が何故この戦いに?」

「決まっている。キャスターの願いを叶えてやる為だ」

「キャスターの?」

「さてお喋りはもう良いだろう・・・キャスター」

「はい。宗一郎様」

上空から声が聞こえた。

見上げるとキャスターがマントを限界まで広げて魔力弾を展開している。

数は先ほどと同じ五つだが威力が段違いに大きい。

それこそ一発が人間一人吹き飛ばすくらいの・・・

俺を完膚なきまで消し飛ばす気かよ?

「坊やもう逃げられないわよ・・・私に気を取られれば宗一郎様に、宗一郎様に気を取られれば私に殺される。好きな死に方を選びなさい」

「出来ればどちらとも遠慮したいんだがな」

そう呟き俺は再度槍を構える。

令呪でセイバーを呼びたいが令呪使用の為に精神を僅かでも集中すれば俺は間違いなく死ぬ。

ここはどうにか逃げるしか無いだろう。

「ふふふ・・・いくわよ坊や。覚悟なさい」

「お前がなキャスター」

四人目の声と共に異様に捩れた投擲槍を思わせる剣がキャスターに飛来する。

「!!」

咄嗟に俺に打ち放つ筈の魔力弾をその剣に浴びせ掛ける。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

その瞬間剣は大爆発を起こす。

その爆発に葛木先生が気を取られる。

時間は僅かだったがそれでも充分だった。

俺は転げ落ちるように石段を駆け下りて柳洞寺から脱出した。

擦り傷だらけだが気にしていられない。

そのまま交差点まで駆ける。

追いかけては来ない所を見ると俺の追跡は諦めたと言う事か・・・

「はあ・・・はあ・・・助かったか・・・投影解除(トーレス・アウト)」

俺がようやく落ち着いてから投影を魔力に還し、戦力把握に取り掛かる。

(ナンバー]]Z、]]Y共に魔力六十%消耗・・・これくらいなら二月で回復するな)

「開放魔術回路封印(マジック・サーキットナンバー]]Z・]]Yホルスターロック)、封印魔術回路開放(マジック・サーキットナンバーT・Uホルスターオープン)」

魔術回路を再度閉じてから魔術回路を再度開放する。

「これでよしと・・・」

気がつけばすり傷は一つ残らず治癒されている。

「まったく・・・どうなっているのか・・・俺の身体は」

「衛宮士郎」

俺の背後から声がする。

振り向くとそこにはアーチャーがいた。

「アーチャー・・・お前だったのかさっきの援護は」

「そうだ。貴様をキャスターに殺させる訳にはいかないからな」

そう言ってアーチャーは俺に殺意を向ける。

「今夜改めてお前の危険性を確認した。容易くキャスターに捕らえられ、そうかと思えばそれを自力で脱出する・・・貴様の様な中途半端な奴はここで殺した方が良い」

そう言うと、アーチャーは双剣を構える。

先日ランサーとの戦いで使っていたあの双剣だ。

「死ね。貴様のような男は理想に抱え理想に溺れて溺死してしまえ」

振り下ろされるが次の瞬間、涼やかな音を立ててアーチャーと俺の双剣が鍔迫り合いをしていた。

「夫婦剣『干将・莫耶』か・・・なるほど良い剣だな」

「ちっ・・・」

「アーチャー一つ聞くが・・・お前は溺死するのが嫌なのか?信じるものを殉じるのは嫌なのか?」

「!!!」

俺の質問にアーチャーが驚愕の表情を向けた時、一度感じた殺気が俺に降り注いだ。

「アーチャー!!」

「ちっ!!」

咄嗟に俺とアーチャーは投擲された短剣をそれぞれ夫婦剣で弾き飛ばす。

「アサシンか」

「いかにも」

上空から昼間に聞いた声が響く。

「ふん、やはり暗殺者崩れか。不意打ちしか出来ぬとはな」

「どうとでも言え。これが私の戦闘法。人に指図される謂れは無い」

「そうさ。そんな事言えばハサンが可哀想だろう」

そう言って現れたのは偽アサシン『佐々木小次郎』を引き連れた慎二。

「ちっ・・・コンビでご登場か」

「まあね。お爺様の命でお前を殺しに来たよ」

最悪極まる。

やっとキャスターの魔手から逃げ切れたと思えば今度はアサシンとは・・・

体調は元に戻りつつあるのが唯一の救いか。

「くっ・・・」

「まだ戦うのかい?衛宮、本当に往生際が悪いね」

「やかましい」

「まあ良いさ小次郎、衛宮を殺せ。但し手は抜くな。いたぶろうと考えるくらいなら一思いに仕留めろ。ハサンお前はアーチャーと遊んでいろ」

「畏まった慎二殿」

「承知」

そう言い、自分の背丈より長い日本刀を苦も無く構え、ハサンは気配を消し去る。

「物干し竿か・・・」

「では・・・参る」

その瞬間、セイバーのものとは違う・・・だが同類の太刀筋が俺に襲い掛かる。

咄嗟に夫婦剣の片割れで受け止める。

予想出来ていたがやはり佐々木小次郎の剣は剛の剣と言うよりも技の剣。

剣の重さで敵を鎧ごと切り倒す西洋剣と刀の切れ味で敵の防具の隙間を伺う日本刀の対比とも言える。

気を抜けば俺はなます斬りにされるのは眼に見えている。

(くそ、こんなことならホルスターを二つ解放するんじゃなかった)

いくらキャスターの戒めを解く為と言え二つ同時に魔術回路を解放した事を本気で後悔していた。

確かに魔力は充分、体調も回復している。

通常投影は使用可能だが、未だホルスター解放の後遺症は酷い。

我慢すればまだ大丈夫だが強引な解放で身体の方が疲弊しているのは事実だ。

『投影反映』や『投影接続』はまだ使用する事は出来ない。

それらをようやく捌きながらアーチャーを見る。

アーチャーはアーチャーでハサンの繰り出す短剣の投擲を捌いている。

攻撃時には気配を現すが投擲を終えると直ぐに気配を遮断し高速で移動する。

その為アーチャーも

「ちっ!!ちょろちょろと!!」

アサシンを捕らえる事が出来ず、あちらも苦戦している。

「ぐっ!!」

隙を突く様に軽く数箇所斬られたがどれも掠り傷。

戦闘には支障は無い。

どうにか距離を空けて体勢を整える。

「これで仕留められぬか・・・確かにジョーカーと呼ぶに相応しい・・・ならば見るが良い兵(つわもの)よ。佐々木小次郎の代名詞にして凡愚がその生涯をかけて到達させた一つの終着点を」

そう言い改めて剣を構える。

その途端、脈拍が跳ね上がる。

汗が止まらない。

死ぬ、殺される。

かわせない。

あの剣だけはどう足掻いてもかわせない。

「ほう・・・流石は兵よ。構えだけで力量を悟るか・・・だがそれは恥ではない。では行くぞ。何一つ迷う事無く、黄泉路を歩まれよ。衛宮士郎」

その瞬間剣の檻が形成される。

秘剣

右に左に、そして数瞬遅れて上から。

若干のタイムラグはあるがそれは明らかに同時に、そう奴は一太刀の剣で攻撃を三回繰出している。

燕返し

防ごうと試みるがどの剣も急所を寸分の狂い無く切り裂さかんと迫る。

かわす事など不可能。

間違い無く死ぬ。

但し・・・ここにいるのが一人ならば。

「シロウ!!」

俺が斬殺されるまさにその寸前、小次郎に蒼き疾風が肉薄する。

それに気付き慌てて俺に対する燕返しを解除しその風・・・セイバーに切り返す小次郎。

「くそっ・・後一歩だったが・・・小次郎!!これ以上は無益だ!!引くぞ!!ハサン!!お前は援護しろ!!」

「承知」

その言葉と同時にセイバーとアーチャー目掛け短剣が襲来する。

それを全て弾き飛ばすが終えた時には既に気配は絶たれていた。

「ふう・・・九死に一生を得たか・・・」

今のはやばかった・・・セイバーの到着が少しでも遅れていたら間違いなく俺は死んでいた・・・

「シロウ!!」

セイバーが駆け寄ってくる。

アーチャーは何時の間にか姿を消している。

「セイバー、すまない助かった。本気で」

「いえ、シロウが無事でしたら・・・それよりも!!何故一人で外を出歩くのですか!!」

「すまない。キャスターに呼び出されていた」

「キャスター??」

「ああ、詳しくは・・・いや、皆こっちに来たか・・・」

見ると確かにアーチャーを除いて全員が駆け寄ってくる所だった。








合流すると同時に当然の様に全員にどやされた。

今回は完全に俺に非があるので黙って言われる事にする。

全員が落ち着いてた所で帰路に着きながらようやく俺は事情を説明する。

「じゃあキャスターは柳洞寺に??」

「ああ、実力のほども掴めた」

「そうなの?で、正直な所どう?」

「魔術師としては間違いなく超一流だ。真名からもなるほどと思うし」

「へっ?真名までわかったの?」

「偶然だがな・・・真名から推測してキャスターの正体は古代ギリシアにおいて『裏切りの魔女』の烙印を押された悲劇の王女、メディア」

俺の言葉に凛は息を呑む。

「先輩そうなると・・・」

「ああ、現代の魔術師の俺達じゃあ相手にもならないだろうな。後もう一つ、マスターもわかった」

「誰なのよ?」

「葛木先生だ」

「へっ??葛木ってあの??」

「ああ。あの葛木先生だ」

「そんなのおかしいですよ先輩。葛木先生は魔術師で無いただの一般人です。それがどうして・・・」

「キャスターに何かがあったのだろうな・・・だからこそ、あれほど目立つ方法で魔力を掻き集めていたんだろうが・・・ただ、あの二人に関しては前衛と後衛が逆転している」

「へっ?それって葛木先生が前衛って事?」

「ああ、それもあの人自身も反則だけどな・・・格闘戦に極めて長けている」

「それでもサーヴァントと戦えるほどじゃあ」

「いやあの調子ならサーヴァントとでも対等に渡り合えるぞ。無論バーサーカーは論外だけどな」

「ともかくさキャスターの居場所もわかった事だし逆にこっちから攻め込もうよ」

そう言って直ぐにでも『柳洞寺』に向かおうとするイリヤに

「それは危険よイリヤ」

凛が即座に反対する。

「あそこはサーヴァントにとっては鬼門なのよ。まともに入れるのは石段だけ」

「そうですね。私も実際に赴いてはいませんがあの一帯は私達を拒絶する結界が張られています。出来れば侵入したく無い場所ですね」

沈黙を守っていたライダーが意見を出す。

「それにキャスターにはクラス別のスキルで陣地作成があった筈だよな?」

「そうよ。それも神殿クラス。キャスターが大っぴらに行動してきたからには神殿が完成したと見て良い。キャスターの懐に飛び込むなんていくら相性の良いバーサーカーやセイバーでも危険よ」

「私のその意見に賛成です。そもそもあの一帯は霊脈もあります。神殿も完成されているとするならば自然の要害にキャスターが更に手を加えたも同じ事。キャスターにとっては極めて有利な地形に造り替えられているでしょう」

「それにキャスターにはとんでもない切り札もある」

「なんなのですか?」

「対魔術の兵装だ。一見するとただのナイフだが、あれに刺されれば令呪すら無効化される反則級の代物だけどな」

「!!それ本当?」

「ああ。実際手にとって解析した・・・間違いない」

「それきっと宝具よ。キャスターの」

「先輩、それがわかっただけでも私達に凄く有利ですよ」

「ああ。だけど油断は禁物だぞ。高をくくって飛び込んでサーヴァントを逆に奪われたら笑い話にもなら無いだろう?」

全員が沈黙する。

「どちらにしてもこれでキャスターの居場所もつかめた。今後はどうするかは今後のキャスターの動き次第だな。それにアサシンまでがその日の内に動き出したか・・・」

「厄介ですね。下手をすれば漁夫の利を得られる恐れもありますね」

「文字通り三つ巴になっちまったか・・・こりゃ迂闊には動けないか・・・」

敵は事実上最大勢力である俺達と真正面から戦うような事はしないだろうし、俺達にしてみればキャスターの神殿に入り込むにはリスクが大きく、例え成功したとしてもアサシンの奇襲でマスターをやられたらそれでアウトだ。

先にアサシンを攻めたとしてもそうすれば漁夫の利を得ようとキャスターが動き出すに決まっている。

キャスターにしても自分に有利な神殿から外に出るなどよほど勝算がある限り決してしない筈。

それにいまだマスターが不明であるランサーの動向もこうなると無視出来ない。

「そうね・・・」

凛もその懸念を承知しているのだろう。

言葉少なげに同意する。

「とりあえず、この件はここまでにして士郎、あんたどうやってキャスターの手から脱出したのよ。話によるとあんたを完全に拘束していたんでしょう?」

やばい、それの説明があった・・・

どうする??間違ってもホルスターの事は言えない。

断言しても良い、言ったら今度こそ俺は凛に殺される。

「あ〜そ、それはだな・・・」

「この男は私が助けた」

そう言ってアーチャーが現れた。

「アーチャー??あんた何処に行っていたのよ!」

「索敵中に急におぼつかない足取りで尚且つ一人で出て行ったものだからな。後を追ったのだよ。そうしたら案の定キャスターに令呪を奪われかけていたからな、それを阻止しただけだが」

「なるほど、先ほど感じた魔力はアーチャーのものでしたか?」

背筋が凍る。

間違いなくホルスター解放の時だ。

「魔力の?ああそうだが」

アーチャーの嘘にセイバーは納得しているようだがそれは表面だけだ。

絶対に気付いている。

「そうなの?じゃあどうして私に一言言ってくれなかった訳?」

「忘れたのかね凛?君は私を召喚した翌日、『寝ている所を起こすな』とただそれだけの為に貴重な令呪を一つ使用した事を

「「「「「・・・・・・・・」」」」」

辺りに沈黙が降り立った。

「凛・・・お前そんな事の為に・・・」

「う、うるさいわね!!ちょっとした事故よ事故!!」

そう言ってガァ〜と怒鳴る凛だったが・・・ああ見えるぞ俺には判る。

おそらく朝起こそうとしたアーチャーに寝惚けて令呪を使ったんだろうな・・・

多分桜辺りに頼まれて・・・

(凛、起きたまえ。今日はマスターと思われる男の家に行くのだろう?)

(ううん・・・後五分)

(何を一昔前の漫画の様な台詞を吐いている。さっさと)

(んん〜うるさい〜)

(!!!ま、まて、凛ま、まさか君はこのようなくだらない事に・・・)

(私が寝ている時あんたは起こすなぁ!!!)

みたいなやり取り合ったんだろうな・・・

そういや、あの日は凛にしては早く来たからな・・・

「それに君やセイバーを呼んでいれば間違いなく見失うと判断したのもあるが」

「あんたいちいちむかつくわね」

むっとした表情でアーチャーに文句を言う凛だったが、話の内容には納得したのか俺にはこれ以上追求してこなかった。

「そう言えばセイバー達はどうして俺が」

「簡単です。確かに付きっ切りで警護はしませんが定期的にシロウの部屋を見回りしていたのです。そうしたらシロウがいない。慌ててリン達を叩き起こした訳です」

なるほど・・・手早い説明ありがとうございます。







話し合いも終わり帰宅後、俺が着替えようとするとそこにアーチャーが現れた。

「・・・何で嘘をついた??」

「ふっ、私は別に嘘はついていない。令呪を使用されたのも見失うと判断したのも全て本当だ」

なるほど嘘はついていないが真実を全て話した訳でも無いと言う事か・・・

「衛宮士郎貴様に聞きたい。貴様は何を目指す?」

「お前なら判っているんじゃないのか?俺は正義の味方を目指す」

「ふん・・・やはりか・・・ならば」

アーチャーの言葉を遮る。

「そして俺はユートピアを探す・・・それこそ一生をかけてでも」

「??ユートピアだと」

拍子抜けした表情を作るアーチャー。

「ああ、『全てを守り全てを助ける』何処にも無い場所を・・・」

俺の言葉にアーチャーは驚愕と憤怒の無い混じった表情を作る。

「貴様・・・貴様は本当に度し難い」

「わかっているさ自分でもな。これがとんでもない傲慢だと言う事は。それでも俺は二つの夢を目指す」

何処にも無い場所を探せる筈も無い。

借り物の理想に貰っただけの夢に意味の無い事など・・・

ましてやそのような世迷言の様な事が実現できる筈が無い事も。

全て判りきっている。

だがそれでもこれは俺自身が目指そうと思った夢。

始まりは虚ろでも歪であろうともこの思いだけは本物。

「・・・やがて貴様は知るだろう。分不相応な夢は己を食い潰す事を」

その言葉だけを吐き捨ててアーチャーは再び姿を消した。

「己を食い潰すか・・・」

俺はそれしか言えなかった。







そして再度の就寝となったのだが。

「なあセイバー」

「なんですか?シロウ」

「すまないが逆に寝付けないんだが」

「シロウ忘れたのですか?貴方はキャスターに操られたのですよ。今夜また襲撃を仕掛けてくるとは思えませんが、念には念を押します」

俺の枕元にセイバーがいた。

「いや、大丈夫だと思うが」

「何を言うのです!!その様な油断が今夜のような事態を招いた事がわからないのですか!」

それを言われると、どうしようも無い。

「わ、判ったって・・・」

「判れば良いのです。出来る事なら今後もこの様に警護したいくらいなのですから」

「それは勘弁してくれ。だからこそ隣の部屋にする事にしただろう?」

「はい、それはわかっています」

あの後、部屋で警護すると言うセイバーを説得して隣の部屋ということで妥協してもらったのだから。

「それとシロウ、先ほどはリンにサクラがいた関係上、聞きませんでしたがあの膨大な魔力の波動はなんだったのですか?」

「ふう・・・やっぱり気付いていたか」

「はい、リンやサクラはあれをアーチャーの魔力と思っているでしょうが」

何しろ俺と契約で繋がっているのだから気付かれるとは思っていた。

「ああ、キャスターにもいったが俺は魔力の八割から九割を二十七の内二十五の魔術回路ごと封印している。その内の二つだけをキャスターの戒めに目掛けて一点集中で叩き込んだんだ」

「そんな事が可能なのですか?・・・」

「一応な。無論身体の負担は大きいけれど」

そう言って、俺は明かりを消してセイバーに見守られながら眠りにつこうとしたが、その直前にセイバーに呼び止められた。

「・・・シロウ・・・もう一つ聞いても良いですか?」

「・・・ああどうしたんだセイバー??」

照明も消えた部屋で月明かりで微かに見えるセイバーがいた。

そのエメラルドを思わせる瞳には不安がはっきりと浮かび上がっていた。

「貴方は・・・何を目指すのですか?」

「俺は・・・親父の背中を目指す。そして自分の目指すユートピアを求める。それが報われなくても良い。たとえ破滅しか待っていなくても・・・」

「シロウ・・・あなたには・・・聖杯が」

そんなセイバーの台詞を押し留め、俺は決定的な事を口にした。

「お前が国を守りたいと言う誓いを生涯守り通してきたようにな・・・アーサー王、いや、アルトリアと呼べば良いか?

「!!!!!!」

セイバーの瞳が驚愕の色に染め上げられる。

「な、何故・・・私の真名を・・・シロウにはまだ伝えていない筈なのに」

「前回の聖杯戦争を調べていた・・・そこで俺は知った。前回の結末を・・・最後はセイバーとアーチャーが生き残り、新都の中央広場でセイバーが勝利した」

「・・・・・・」

「しかし、セイバーのマスター・・・衛宮切嗣はあろう事かセイバーに聖杯の破壊を命じそしてそのサーヴァント・・・セイバー、真名『アルトリア』はその命令を忠実に遂行し聖杯を破壊した。そしてその余波は新都を焼き尽くし大惨禍となった」

セイバーは無言。

しかし、その白皙の顔からは血の気が失せ、全身は小刻みに震えている。

「セイバー・・・昨夜俺はお前の過去を夢として見た。お前も見たんだろう?俺の過去を・・・自分が行った事の結末を」

なおも無言を貫く。

それは肯定を意味する無言だった。

だが、俺には怒りは無い。

真実を知った当初こそ俺は怒り悩み苦しんだ。

しかし、徐々に『大聖杯』に潜むモノを知るにつれ・・・それが潜む経緯を知るに至り、俺の心には親父や眼の前のサーヴァントに対する怒りは無くなった。

惨禍を招いたがあの行動は正しかった。

最も死者にとっては何の慰みにもならないだろうが。

「・・・シロウ・・・あなたはやり直したいと思った事は無いんですか?」

質問を重ねるセイバーの声は今にも泣き出しそうなものだった。

無意識の内に俺はセイバーの頬に手を当てていた。

「あるさ・・・何回も何十回も・・・やり直せたらって・・・今だってそう思っている。でもな・・・時は巻き戻せない。やり直しなんて出来ない。それをやり直したら何もかもが虚ろになってしまうだろう?それにこの道を歩んだからこそ得たものだって確かにある」

そう確かにある。

俺の道を認めてくれた師(人)、俺の夢を応援するといってくれた友(奴)。

この道を進み続ける事が出来た事で手に入ったものも確かに存在した。

だから俺はやり直せたらと思ってもやり直したいとは思わない。

「・・・私には・・・判りません・・・私は・・・やり直したい・・・」

「判らなくても良い・・・今はそれで良いんだ。自分で答えを見つけないと・・・これが正しいのか正しくないのかを」

「そんな事は・・・私はやり直す事が正しいと・・・だからこそ私は『聖杯』で」

「歴史はどう動くか判らない」

「シロウ?」

「何処かを変えれば全体が大きく歪む。お前が王の選定をやり直した事で後の歴史が歪む事もある・・・それも最悪な方向に」

「・・・そんな事は・・・」

「無いと言い切れるか?」

「・・・・・・」

「まあ良い。ともかくゆっくりと考えるんだ。自分の決意は正しいのかを」

そう言って俺はセイバーの頬から手を離す。

「じゃあもう寝るな」

「はい・・・お休みなさいシロウ」

「ああ。お休みセイバー・・・いや、アルトリア」







同時刻・・・

「アーチャーいるんでしょう?」

再度の就寝に入ろうとしていた凛は静かに己のサーヴァントを呼ぶ。

「呼んだかね?」

姿を現す赤いサーヴァントに詰問気味に問いかける。

「あんた嘘言ったでしょう?」

「嘘??何の事かね??」

「とぼけないで。確かに私はあんたに寝ている所を起こすなと令呪を使った。でもそれだったら他に方法もあった筈。桜を呼ぶなり、セイバーに告げる事も出来たんじゃないの?」

「何を言い出すと思えば・・・先程も言ったがそれを行えば」

「普通なら士郎を見逃すわ。でもあんた、固有スキルに千里眼があったんじゃなかった??」

「・・・・・・」

「千里眼ならある程度見失ったとしても士郎を見つける事は出来る筈」

「凛、君は何を言いたいのかね??」

「別に。これ以上とやかく言う気は無いわ。でもねこれだけは言わせて、アーチャーあんたが行おうとしている事って意味があるの??」

それだけ言うと凛は今度こそ眠りに着いた。

「・・・意味など求めてはいない。これが八つ当たりなど私は承知している。それでも私は・・・」

アーチャーの呟きは彼の口の中で消えていった。







更に別の部屋では

「・・・!!」

イリヤが表情を歪めて胸に手を当てる。

「イリヤ、どうしたの??」

そこへ計った様なタイミングでリーゼリットが姿を現した。

「リズ・・・なんでもないわ」

あえて虚勢を張るイリヤの言葉を

「嘘」

たった一言で否定する。

「う、嘘って・・・リズあなた主人の言葉を疑うの??」

「うん疑っている」

「・・・はあ・・・あなたには敵わないわね」

観念した様に溜息を吐く。

「それでどうしたの?」

「なんか胸騒ぎがしただけよ」

「それだけ??」

「ええ、それだけよ。リズ、もう寝ていて良いわよ」

「そう・・・うんそうする」

「ええ、そうして頂戴」

表情には出さないもののまだ不審げだったが渋々部屋を後にする。

「ふう・・・明日シロウに相談しなくちゃ」







一方冬木教会において・・・

「・・・むっ・・・」

魔術協会に報告書をしたためていた監督者、言峰綺礼は不意に眉をひそめた。

「・・・どうかしたのか??言峰」

その背後から声が掛かる。

「なんでもない。それよりもギルガメッシュ。明日お前に動いてもらいたい」

「何だ?もう我の出番が回ってきたのか??だがまだ一人の脱落者も出ていないと思ったが」

「ああ、その通りだ。だが今のままでは例え最後の一人になった所で聖杯は誰の手にも渡らん」

「どう言う事だ??」

「ギルガメッシュ、明日全マスター、全サーヴァントをこの教会に集めろ」

言峰は後ろの人物の問いには答えず指示を下していた。

「全マスター?全サーヴァント??どう言う事だ?」

「ともかく呼び出せ。その時に教える」

そう言って言峰は自室を後にした。

「・・・聖杯戦争は破綻した事を伝えてやらねばな」

薄暗い廊下を歩きながら、そう言い笑う神父の笑みは何処までも暗いものだった。

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